大阪地方裁判所 昭和61年(わ)1592号 判決 1986年7月03日
主文
被告人を懲役一年二月に処する。
未決勾留日数中三〇日を右刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、窃盗の目的で、昭和六一年四月二八日午前三時ころ、大阪市阿倍野区阪南町一丁目二一番一号喫茶シーホースこと三浦義弘方店舗出入口ドアのガラスを破り施錠を外して同人方店舗内に侵入したものである。
(証拠の標目)<省略>
(累犯前科)
被告人は、(一)昭和五三年五月一一日羽曳野簡易裁判所で窃盗罪により懲役一〇月に処せられ、同五六年六月二一日その刑の執行を受け終わり、(二)その後犯した常習累犯窃盗罪により、同五六年一二月二三日大阪地方裁判所で懲役三年六月に処せられ、同六〇年七月三一日その刑の執行を受け終わつたものであつて、これらの事実は、検察事務官作成の前科調書及び右(二)の判決謄本によりこれを認める。
(法令の適用)
罰条 刑法一三〇条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号
刑種の選択 懲役刑選択
累犯加重 刑法五九条、五六条一項、五七条
未決勾留の算入 同法二一条
訴訟費用不負担 刑事訴訟法一八一条一項但書
(公訴棄却の申立について)
弁護人は、被告人は昭和六〇年八月一〇日、犯行前一〇年以内に窃盗罪等により三回以上にわたり六月以上の懲役刑の執行を受けたが更に常習として同年五月三日午前三時ころ大阪市内の吉兆すし店において現金一〇万七〇〇〇円を窃取したとする常習累犯窃盗事件について、大阪地方裁判所に起訴され、同年一〇月二五日同裁判所において免訴の判決を受け、検察官控訴により現在大阪高等裁判所第七刑事部(事件番号昭和六〇年(う)第一二四九号)に係属中であるところ、本件住居侵入は窃盗目的によるものでかつ常習としてなされたものであるから、右免訴判決を受けた窃盗行為とともに包括して一個の常習累犯窃盗罪を構成するものと解すべく、従つて、本件住居侵入罪は同一事件について二重に公訴の提起があつたものというべきであるから、刑訴法三三八条三号又は三三九条五号により本件公訴を棄却すべきであると主張する。
弁護人主張の被告人に対する常習累犯窃盗事件につき、昭和六〇年八月一〇日大阪地方裁判所に公訴が提起され、同年一〇月二五日同裁判所において免訴の判決があり、検察官控訴により現に大阪高等裁判所に係属中であることは、右免訴判決の謄本及び記録添付の検察事務官作成の別事件係属通知書により明らかであり、また本件住居侵入は、判示認定のとおり、夜間、窃盗目的でガラスを破り施錠を外して喫茶店内に侵入したものであつて、しかも関係証拠によれば、右目的たる窃盗は常習性の発露ともみられるので、本来、実体的には、免訴判決のあつた常習累犯窃盗に包括又は吸収され常習一罪となりうる関係にあつたものということができるか、しかし同時に、本件住居侵入は右免訴判決言渡後に犯した犯行であることも明らかである。
ところで、いわゆる常習一罪と構成する数個の行為のうちその一部の行為について公訴が提起された場合、その公訴の効力は、事件すなわち公訴事実が同一でかつ時的限界の範囲内にある行為に限りその全部に及び、それ以外には及ばないものというべきであるから、公訴の効力の及ぶ範囲内の行為については、これを現実的に審判の対象とするには、訴因の追加・変更の方法によつてのみ許され、これについて新たに公訴を提起することはいわゆる二重起訴となつて許されないが、しかし公訴の効力の及ばない行為については、これを審判の対象とするには新たに公訴を提起するよりほかに方法のないことはいうまでもない。そこで公訴の効力の時的限界を如何なる時点に求めるべきかというに、訴因の追加・変更手続は原則として第一審の判決言渡時まで可能であること、さらに第一審判決言渡後に犯した犯行については、その犯行前の判決言渡前に訴因の追加・変更によりこれを審判の対象とすることは事実上不可能であること、控訴審においても、事後審としての構造上、第一審判決後に犯した犯行すなわち第一審判決後に新たに生じた事実を訴因の追加・変更により審判の対象とすることは許されないものと解されることなどを合わせ考えると、公訴の効力の時的限界は、事実審理の可能性のある最後の時すなわち第一審の判決言渡時に求めるのが相当である。そうだとすれば、常習一罪の公訴の効力は第一審判決言渡時をもつて遮断され、その後に犯した犯行についてはその効力が及ばないから、これについてさらに公訴の提起があつてもいわゆる二重起訴にはならないものとみるべきである。
従つて、被告人に対する前記免訴判決のあつた常習累犯窃盗事件の公訴の効力は第一審における右免訴判決の言渡によつて遮断され、その後に犯した本件住居侵入罪についてはその効力が及ばないから、いわゆる二重起訴には当らないというべきである。
よつて弁護人の公訴棄却の申立は理由がない。
(裁判官隅田景一)